居抜き承継は「名車選び」⁉ 3年後も輝くためのプロの点検ガイド

これまで1,000件以上の創業相談をうけてきた税理士の佐治です。「このお店、なんだか輝いて見える…」――その感覚は、ガレージの奥に眠る一台の名車を見つけた時の高揚感に似ています。しかし同時に、「自分に乗りこなせるだろうか?」という不安もよぎるはずです。この記事では、営業中の店を引き継ぐ「承継型居抜き」を、この「名車選び」という一つの視点で貫き、解説します。ゴールは誰よりも速く走り出すことではなく、その輝きを失うことなく、3年以上、未来へと走り続けること。そのために、この地図を使って一緒に旅を始めましょう。
- 名車の価値を見抜く6つの専門チェックポイント
- 隠れた不具合のサインと、そのスマートな対処法
- あなたが最高のオーナーになるための運転マニュアル
はじめに:なぜ居抜き承継は「名車選び」なのか
ピカピカの新車(新築店舗)は安心ですが、初期費用は高額です。一方、居抜きという歴史ある名車は、お得な掘り出し物もあれば、すぐに故障する“訳あり物件”もあります。大切なのは、見た目の安さに飛びつくのではなく、エンジンや整備記録をしっかり確認する視点を持つこと。これからあなたと長い旅路を共にする、最高の相棒(お店)を見つけ出すための、プロの点検を始めましょう。
居抜き承継は、歴史ある一台の価値を見抜く旅です。それでは、その名車の価値を正しく見抜くために、どこを、どんな順番で点検すればいいのか?専門家が必ずチェックする、6つのポイントを見ていきましょう。
【点検① 契約】「車検証」と「整備記録」は確かか?
契約書は、お店の法的な身分を証明する「車検証」であり、これまでの歴史が刻まれた「整備記録」です。ここで手を抜くと、後で必ず大きなトラブルに見舞われます。
▼必須チェックリスト
- 保証金の返還条件: 「償却(しょうきゃく)」という言葉に注意してください。「保証金10ヶ月、うち償却2ヶ月」とあれば、2ヶ月分は返ってこないという意味です。返還時期(例:退去後3ヶ月以内など)も明記されているか確認しましょう。
- 原状回復の範囲: 「スケルトン返し(内装を全て解体してコンクリート打ちっぱなしの状態に戻すこと)」が義務だと、坪単価3万〜10万円程度(重飲食や大型はさらに上振れ)かかる可能性があります。どこまでが貸主負担で、どこからが借主負担か、詳細なリストを添付してもらうのが理想です。
- 修繕義務の範囲: エアコンや給湯器など主要設備の故障時負担を共用/専有/残置の別と自然故障/使用過失で切り分けて文言化しましょう。
- 禁止事項: 「深夜営業の禁止」「看板設置場所の制限」など、あなたの事業計画と矛盾する項目がないか、隅々まで読み込んでください。
▼“訳あり”のサインと対処法
- サイン: 契約書の雛形(ひながた)を見せてくれない。質問に対して「まあ、大丈夫ですよ」と曖昧な返事しかしない。
- 対処法: 契約締結を急がず、必ず専門家(弁護士や経験豊富な行政書士)にリーガルチェックを依頼してください。数万円の費用を惜しむと、将来数百万円の損失を生みます。
法的なお守りを手に入れたら、次は走り心地を左右する、お店の心臓部です。
【点検② 設備】「エンジン」と「足回り」は快調か?
厨房設備はお店を動かす「エンジン」であり、電気やガスなどのインフラは安定走行を支える「足回り」です。ここが脆弱だと、開業直後に営業停止という最悪の事態を招きます。
▼必須チェックリスト
- 動力系統(インフラ):
- 電気容量: 予定設備(大型オーブン、複数エアコン等)を同時稼働できるか。小規模な分岐回路追加は数万円〜で済む一方、動力新設や受電設備(キュービクル)が必要だと数十万〜数百万円に及ぶことも。事前の負荷計算と見積りは必須です。
- ガス種別と容量: 都市ガスかプロパンか。ガスの口径は増設に足りるか。
- 給排気: ダクト清掃はいつ実施か。油脂詰まりは火災の原因になります。
- 主要パーツ(厨房機器):
- リース機器の有無: 冷蔵庫や製氷機がリース品の場合、所有権はリース会社にあります。承継にはリース会社の承諾が必要で、不可なら撤去または再契約が必要です。
- 動作確認: 口頭の「問題ない」を信用せず、すべて実機で運転して、異音・異臭・不具合の有無を自分の目と耳で確認しましょう。
▼“訳あり”のサインと対処法
- サイン: 「修繕履歴は残っていない」「最近、少し調子が悪い時がある」。
- 対処法: 専門の厨房設備業者に数万円で総点検を依頼するのが理想。人間ドック同様、プロの目で隠れた不具合を発見します。
エンジンが快調なら一安心。次は、これまでその車を愛し、支えてきた大切な同乗者たちの話です。
【点検③ 人・顧客】大切な「同乗者」と「整備クルー」はいるか?
常連客は、これまでそのお店を愛し、乗り続けてきた「長年の同乗者」。そしてスタッフは、日々の運転を支えてくれる「整備クルー」です。彼らとの関係性を引き継げるかは、承継の成否を大きく左右します。
▼必須チェックリスト
- 整備クルー(スタッフ):
- 労働条件の再設定: 事業譲渡では従業員ごとの同意が必要(=実務的には新たな雇用契約の締結)。給与、労働時間、社会保険の加入状況を一人ひとりと面談し、書面で合意しましょう。
- お店の魂のヒアリング: 彼らは、お店の歴史や常連の好みを知る生き字引。何がこの店の魅力か、何を大切にしてきたかを、敬意をもって聴き取りましょう。
- 同乗者(常連客):
- 人気メニューの維持: 彼らが愛した人気メニューTOP3は、当面維持しましょう。歴史継承の明確なメッセージになります。
- 変化の予告: 内装やメニューを変えるなら、「〇月から少しずつリニューアルします」と丁寧に事前告知を。突然の変化は不安を招きます。
▼“訳あり”のサインと対処法
- サイン: スタッフの表情が暗い。前オーナーがスタッフ情報を開示しない。
- 対処法: 承継条件として「全スタッフとの個別面談」を要求。彼らの納得なくしてスムーズな発進はありません。
心強いクルーと同乗者がいれば百人力。次は、この素晴らしい旅を続けるためのエネルギー源、資金の話です。
【点検④ 資金】「ガソリン」は満タンか?「予備タンク」は?
資金はお店が走り続けるための「ガソリン」です。そして、急な坂道や渋滞に備える運転資金バッファは「予備の燃料タンク」そのもの。ここを見誤ると、どんな名車も路上で立ち往生します。
▼必須チェックリスト
- 予備タンクの容量: 最低でも固定費の3ヶ月分、できれば3〜6ヶ月分の現金を運転資金として確保。固定費が月100万円なら、最低300万円、理想は600万円の手元資金を事業用口座に。
- 入金サイトの把握: 現金売上は即時ですが、カード売上は「翌営業日/週次/月1回」など事業者・方式で差があります。ズレ(入金サイト)を織り込まないと、帳簿黒字でも資金ショート(黒字倒産)を招きます。
- 隠れたコストの洗い出し: 過去1年分の水道光熱費明細、消耗品購買リスト、保守契約の有無・金額を開示してもらい、固定費の“実勢値”を把握。
▼“訳あり”のサインと対処法
- サイン: 「どんぶり勘定でやってきた」「数字は税理士しか分からない」。
- 対処法: 過去2〜3年分の確定申告書と月次試算表の開示を要求。開示不可なら収益性は不透明でリスク高。
エネルギーの心配がなくなったら、適法・安全に走れる道かどうかを確認しましょう。
【点検⑤ 法令・許認可/消防・衛生・用途適合】安全・適法に走れる道路か?
素晴らしい名車でも、通行許可のない道路や危険なルートでは走れません。店舗も同じ。法令適合と許認可の有無は、承継後の停止リスクを左右します。
- 消防・防火: 厨房ダクトの油脂堆積は火災リスク。清掃履歴・防火ダンパー・消火設備(消火器・自動消火装置)・避難経路の適合を確認。
- 保健所・衛生: 飲食営業許可の図面・設備基準(シンク数・手洗い・給湯・床壁材)、名義変更や承継の手続き要否。
- 用途地域・用途変更: 居抜きでも席数増・設備更新により建築基準・設備基準に影響が出る場合あり。必要なら事前に行政・管理組合へ相談。
適法かつ安全の見通しが立てば、最後にお店の「顔」である名前を磨き上げましょう。
【点検⑥ 権利】その「栄光の車名」は、あなたが受け継げるか?
あなたが受け継ぐ屋号は、お客様に長年愛されてきた「栄光の車名(エンブレム)」です。その輝かしい名前を、あなたが正式に受け継いで走り続けていいのか、権利関係を必ず確認しましょう。
▼必須チェックリスト
- 商標の確認: J-PlatPatで同一・類似の商標が同一または類似の指定商品・役務に登録されていないか確認。商標は「標章×商品・役務」の組合せで判断されます。
- Web上のプレゼンス:
- Googleマップ: 近隣に同名店がないか。悪い口コミが残っていないか。
- SNSアカウント: InstagramやXで同名アカウントの占有状況。
- ドメイン: ウェブサイト用の名称(例:〇〇〇.com)が取得可能か。
▼“訳あり”のサインと対処法
- サイン: 前オーナーが屋号の権利に無頓着。SNSやウェブサイトを運営していない。
- 対処法: たとえ小さな個人店でも屋号は資産。承継を機に商標出願を検討。ブランドを守る投資です。
これで主要な点検は完了です。最後に、あなたが誇りを持ってその運転席のキーを受け取るための、最終確認です。
まとめ:歴史を受け継ぎ、あなただけの伝説へ
居抜き承継は、ただの物件探しではありません。それは、一台の名車の歴史と物語を受け継ぎ、丁寧に整備し、新たな輝きを与える神聖なプロセスです。急発進せず、この記事で紹介した6つのポイントをじっくり点検すれば、見えない不安は「対処できる課題」に変わります。あなたは単なる運転手ではなく、その歴史の新しい1ページを刻む、誇り高きオーナーになるのです。この記事が、あなたの3年、5年と続く長く輝かしい旅の、最初の頼れる地図になることを心から願っています。
居抜き承継を「名車選び」に見立て、3年以上続くお店を作るための6つの必須点検項目を具体的に解説。契約(車検証)、設備(エンジン)、人・顧客(同乗者)、資金(燃料)、法令・許認可(道路標識)、権利(車名)までを網羅し、歴史ある一台の価値を未来へつなぐ、新しいオーナーのためのプロ向けガイドです。
FAQ(よくあるご質問)
Q. 前のオーナーの負債(借金)を引き継ぐリスクはありますか?
A. 個人事業主からの事業譲渡(承継型居抜き)の場合、原則として前のオーナー個人の借金を引き継ぐ義務はありません。ただし、リース契約の残債務はリース会社の承諾が前提で承継するか、あるいは一旦返却・再契約となるケースもあります。取引先への未払金などを「引き継ぐ」合意を条件にする場合も。譲渡される資産と負債の範囲は、契約書で明確にリストアップし、税理士や弁護士に必ず確認してください。
Q. 「のれん代(営業権)」を要求された場合、どう考えればいいですか?
A. 「のれん代」は、ブランド価値や顧客基盤など目に見えない価値の対価です。中小の居抜き・造作譲渡では、金額は立地・造作の残存価値・賃料条件などで決まり、100〜250万円程度のレンジ提示が見られる一方、M&Aの「営業利益×年数倍率」で評価する場合もあります。一律な倍率で決めず、過去数年の実績や造作の実勢価値をベースに交渉を。なお、会計上の「のれん」は最長20年で償却、税務では原則5年償却が一般的です。
Q. このチェックリストを使っても、やはり不安です。
A. その不安は、あなたが真剣である証拠です。この記事は、あくまで自己診断ツール。最終判断の前に、不動産・法務・衛生・消防・設備の各分野についてセカンドオピニオンを。複数のプロで複眼的に見れば、リスクは最小化できます。
参考文献
- J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)
- 特許庁|商標制度の概要
- 厚生労働省|会社分割・事業譲渡等において労働者を保護するための手続に関するQ&A
- 飲食店.COM|原状回復は必要? 退去費用を抑えられる「居抜き売却」も解説
- 居抜き情報.COM|飲食店の原状回復工事はどこまで必要?
- 東京消防庁|厨房設備の正しい維持管理
- リース事業協会|リース会計基準の概要
- Squareヘルプセンター|Squareの振込スケジュール
- AirペイFAQ|入金(振込)サイクルを教えてください
当記事の品質と信頼性について
この記事は、AIを高度なリサーチ・アシスタントとして活用し、提供された情報に基づいて作成されました。内容の正確性については、当記事の監修者である税理士が責任を持って確認しております。
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