
【こんな人向け】
- 創業前〜創業直後で、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を作ったが形骸化しそうだ
- 共同創業者と「何を優先するか」で判断が割れることがある
- 銀行や投資家に「組織の運営能力」を問われたときに不安がある
【この記事で持ち帰るもの】
- 経営の設計図を機能させる「3つの軸(運用・固定・意思決定)」のフレームワーク
- 創業期にまず作るべき「最小セット」のリスト
はじめに:MVVが機能しないのは、スローガンが弱いからではない
創業期にMVV(Mission / Vision / Values)や行動指針を作ると、だいたい次のどれかで詰まります。
- 価値観が衝突した瞬間に、誰も判断できない(結局、声の大きい人が勝つ)
- 例外が多すぎて「結局なんでもあり」になり、指針が形骸化する
- 採用・評価・会議に接続されず、壁のポスターで終わる
ここで大事なのは、「言葉のセンス」を磨くことよりも、経営の設計図(= MVV+行動指針+統治の最低限)を構造として作ることです。
そして設計で一番効くコツは、全体を「3つの軸」に分けて考えることです。
【本記事の結論】
- 経営の設計図は、実務上「3つの軸」の合成物である
- Anthropic社の新しい“憲法”は、MVVとしても学べるが、特に「第3軸(意思決定の型)」として突出している
- 創業期は3つを“最小セット”で混ぜ、最後に「監査視点」で抜け漏れを塞ぐと強い
Anthropicの“新憲法”は、MVVとして何が新しいのか
AI企業であるAnthropicは、2026年1月に「Claudeの憲法(Claude’s Constitution)」を刷新しました。
これはAIモデル(Claude)が、ユーザーとの対話で「どう判断し、どう振る舞うべきか」を定義したルール集です。以前のバージョンよりも「実用性(役に立つこと)」と「安全性」の両立を構造的に定義し直したことで話題になりました。
これを人間の会社のルールとして読んでも、“MVVの代替”というより、価値の衝突を処理する“意思決定の仕様(第3軸)”の作り方として学べる点がいくつもあります。ポイントは次の4つです。
1) 価値の「優先順位」を明示する(衝突が前提の設計)
多くのMVVは「全部大事」で止まります。
でも現実は、価値観が衝突します。「スピード」と「正確性」がぶつかったとき、どちらを取るのか。
Anthropicの良さは、価値を並べるだけでなく、衝突時の優先順位を明示し、判断を前に進める設計にしている点です。
人間の会社でも、ここが書けると一気に揉め事が減ります。
2) レッドライン(越えない線)を先に置く
「原則こうする」より先に、「これだけは絶対にやらない」を置く。
これはコンプラっぽい話に見えますが、創業期ほど効きます。
理由は単純で、創業期は外圧が強いからです。
「コンプラより売上を優先しろ」「多少のルール違反は目をつぶれ」。そういう“現実的な利益を優先すべき”という圧力が来たとき、レッドラインがないと組織は簡単に曲がります。
3) ルール列挙より「なぜ」を重視する(未知ケースに一般化する)
創業期は例外だらけです。チェックリスト型のルールは、例外処理が増えるほど壊れます。
Anthropicがやっているのは、ルールの穴埋めではなく、「判断の理由(なぜそうするか)」を共有し、未知のケースでも一般化できるようにする設計です。
4) 透明性(公開)を前提にした“説明可能な意図”
「なぜそう判断したのか」を言語化できると、社内の納得が取れます。
さらに創業期は、社外への説明(採用・提携・資金調達)でも効きます。
要するに、Anthropicの“憲法”は、衝突を前提にした判断設計という意味で、かなり実務的です。
経営の設計図は、実務上「3つの軸」でできている
ここから視点を少し上げます。
経営のルールを1枚の紙に押し込もうとすると、うまくいかないことが多い。なぜか。
答えは、そこにはそもそも3つの役割(軸)が混ざっているからです。
ここから先は“3つの軸”を同時に見られるよう、表で整理します(最後に監査視点のフィルタを重ねます)。
経営の設計図は「3つの軸」+監査視点で設計する
1つの文書で全部やろうとすると機能不全になりがちです。役割が違う3つの軸を分けて設計し、最後に監査視点(ISO/OECD的な観点)で抜け漏れを点検します。
|
第1軸 Culture / Operating Model (人の運用) |
第2軸 Mission Lock (権力と資本で固定) |
第3軸 Behavioral Constitution (意思決定の型) |
|---|---|---|
|
主な目的
現場の判断を速くし、迷いを減らす
(運用で再生産される文化) 典型部品
失敗パターン
スローガン止まり/「いい人採用」になる
|
主な目的
会社が大きくなっても理念が反転しない
(権力と資本の設計) 典型部品
失敗パターン
創業者の口癖で終わる/外圧で反転する
|
主な目的
曖昧な状況でもブレない判断を可能にする
(衝突解決プロトコル) 典型部品
失敗パターン
これだけで運用や統治まで済ませた気になる
|
|
監査視点(ISO/OECD的な観点)
説明責任/意思決定の記録/利害対立の扱い/内部統制/情報開示の最低限を点検し、抜け漏れを塞ぐ |
||
Anthropicは、このうち第3軸(意思決定の型)で突出しています。
だから「そのまま真似る」のではなく、第1軸・第2軸と混ぜて使うと、創業期の設計図が“動く”ようになります。
第1軸:Culture / Operating Model(人の運用)— 現場が迷わないための設計
何を含めるべきか
この軸の目的は、理念を美しく語ることではありません。
日々の運用で迷わないようにすることです。具体的には次の部品が核になります。
- 意思決定のルール(誰が決める/誰が反対できる/何を記録する)
- 会議の設計(頻度、参加者、決裁のルール)
- 採用・評価・フィードバックへの接続(価値観が行動に変換される場所)
具体的なイメージ(企業事例)
「文化は言葉ではなく、運用システムである」ことを体現しているのが以下の企業です。
- Netflix:「キーパーテスト(Keeper Test)」
-
Netflixの文化ドキュメント(Culture Memo)が強力なのは、文章が美しいからではなく、「もし部下が他社に行くと言ったら、必死で引き止めるか?」という具体的な自問自答を、人事評価や解雇の基準として運用しているからです。
出典:Netflix Culture – Seeking Excellence - Amazon:「リーダーシップ・プリンシプル」
-
Amazonでは「Customer Obsession」などの16項目が、ただの標語ではなく「採用面接の採点基準」や「昇進の評価項目」として使われています。会議でも共通言語として機能します。
出典:Leadership Principles – Amazon - GitLab:「ハンドブック・ファースト」
-
フルリモート企業であるGitLabは、会社のあらゆるルールを公開し、「会議で決める前にドキュメントを更新する」という業務フローを徹底しています。迷ったら上司ではなくハンドブックを見る。これが運用の極致です。
出典:The GitLab Handbook
強み
強みは「再生産性」です。
人が入れ替わっても、運用で文化が再生産される。創業期の混乱を抑えるのはここです。
そして創業期は、外部からの見え方も含めて“運用能力”が信用になります。
資金調達の場では、事業アイデアだけでなく「このチームは組織をちゃんと回せるか」が見られます。
第2軸:Mission Lock(権力と資本で固定)— 会社が大きくなってもブレないための設計
何を含めるべきか
この軸は、理念の文章ではなく「固定の仕組み」です。
創業期に全部やる必要はありませんが、将来の分岐点(資本政策・M&A・急拡大)で効きます。
- 取締役・株主との関係:創業者が最終権限(議決権の過半数など)をどう維持するか。
- 資本政策時の制約:投資契約において、ミッション変更に対する拒否権などをどう設計するか。
- 利害対立の扱い:利益と理念が対立した際、誰が裁くか。
具体的なイメージ(企業事例)
- Patagonia:「目的信託(Purpose Trust)」
-
創業者のイヴォン・シュイナード氏は、会社の全株式を譲渡しましたが、その際議決権を伴う支配権と、経済的な利益を受ける権利を分離し、理念が“利益最大化だけで反転しにくい”構造にしました。これは「利益のために理念を曲げる」ことが構造的に起きない設計です。
出典:Patagonia Ownership Structure
創業期であれば、そこまで複雑にしなくとも「創業者が議決権を安易に手放さない」「投資契約書でミッションに関わる条項を精査する」ことが、この第2軸にあたります。
第3軸:Behavioral Constitution(意思決定の型)— “曖昧な場面の判断”を先に設計する
ここが、Anthropicから一番持って帰れる軸です。
人間の会社に置き換えると、「迷ったときの意思決定の型」を文章にする行為です。
この軸に含めるべき部品
- 価値の優先順位(衝突が起きたら何を先に守るか)
- 例外処理の原則(例外を許す条件/許さない条件)
- レッドライン(越えない線)
- 外圧への耐性(売上・炎上・権威・“説得”に負けない)
なぜ創業期に効くのか
創業期は、判断の回数が多く、情報は少ない。つまり、判断がブレやすい条件がそろっています。
このとき「第3軸(意思決定の型)」があると、次が起きます。
- 価値観の衝突を“議論の手順”に変えられる
- 例外が増えても、例外処理が“方針”として積み上がる
- 強い外圧(大口顧客の無理難題など)に対しても、レッドラインで踏みとどまれる
この軸は強力ですが、単体で万能ではありません。
意思決定の型だけ作って満足し、運用(第1軸)に落とさないと、組織は動きません。「思考の型はあるが、手足(採用・評価)がない」状態だからです。
3つをどう混ぜるか:創業期の“最小セット”
創業前〜創業直後(0→1)は、全部を完璧に作ろうとすると逆に失敗します。
ここでは、明日から使える「最小セット」だけ作れば十分です。
【創業期の最小セット(チェックリスト)】
- 1ページ設計図(Mission / Vision / Values)
文章の美しさより「迷ったときに戻れるか」を優先する。 - 価値の優先順位(衝突時の判断軸)
Valuesを並べるだけでなく、衝突時に何を優先するかを短く書く。 - レッドライン(3つ以内)
“絶対にやらないこと”を少数に絞る。多いと運用不能になる。 - 運用への最低限の接続
採用:面接で価値観の「証拠」を聞く(経験事実を問う)。
会議:決裁者と記録のルールを決める(議論が蒸発しないように)。
成長期(1→10)に入ったら、第1軸(運用)を制度化し、第2軸(固定)を資本政策の前に検討し、第3軸(意思決定の型)を例外処理のログに合わせて更新していく。これが無理のない増築ステップです。
監査視点:ガバナンスの国際基準で「抜け漏れ検査」をする
最後に、3つの軸を混ぜた後で、監査視点を入れます。
ここで言う監査視点は「形式を整える」という意味ではありません。創業期に後から直すと高くつく、致命的な抜け漏れを塞ぐための“検査”です。
なぜ創業期に監査視点が効くのか
創業期は、意思決定が速い反面、記録が残らず属人化しがちです。
たとえばISO 37000(組織のガバナンスの指針)や、G20/OECDコーポレートガバナンス原則のような国際的なフレームワークは、次の問いを投げてくれます。
- 誰が、何を、どう決めるのか(責任の所在)
- 反対意見や異議申立てはどう扱うのか(是正可能性)
- 利害対立が起きたとき、どう裁くのか(利益相反)
- どこまで開示し、どう説明するのか(説明責任)
創業計画書・銀行/公庫への説明にどう効くか
創業計画書や面談では、事業の筋だけでなく、運営の再現性が見られます。
平たく言えば「この人たちは、資金を入れてもちゃんと組織を回せるのか(内輪揉めで空中分解しないか)」です。
監査視点の項目を最低限でも言語化しておくと、次の説明ができます。
- 「意思決定が属人化していない(誰が決め、何を残すかがある)」
- 「問題が起きても是正できる(異議や改善の仕組みがある)」
- 「利害対立が起きても破綻しにくい(裁き方がある)」
このあたりを“経営の設計図”としてまとめておくと、事業の説得力が一段上がります。
ガバナンスの考え方をもう少し具体的に掘り下げたい方は、こちらの記事も参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 「経営の設計図」とMVVの違いは何ですか?
A. MVVは「要素」であり、経営の設計図はそれを動かすための「構造」です。MVV(言葉)を決めただけでは組織は動きませんが、それをどう運用し(第1軸)、どう固定し(第2軸)、どう判断基準にするか(第3軸)まで設計することで、初めて機能します。
Q. 最小セットはいつ作るべきですか?
A. 創業直後、あるいは「最初の社員を採用する前」がベストです。人が増えてからルールを変えるコストは非常に高いため、文化が固まる前に「最低限の型」を入れておくことをお勧めします。
【まとめ】
- 経営の設計図は「運用(第1軸)」「固定(第2軸)」「意思決定の型(第3軸)」の合成物である
- Anthropicの“憲法”は、とくに第3軸(意思決定の型)の教材として優れている
- 創業期は「最小セット」で混ぜ、最後に監査視点で抜け漏れを塞ぐと強い
次にやることは、難しくありません。まずは紙1枚でいいので、あなたの会社の「最小セット」を作ってみてください。それが、採用・意思決定・資金調達の土台になります。
創業期の組織設計・融資のご相談
もし、あなたの事業・資本政策・採用計画に合わせて“最小セット”を一緒に組み直したい場合は、名古屋創業融資支援オフィス@本山までご相談ください。
融資の話に限らず、創業計画書で説明力が上がる“運営設計”の整理も対応範囲です。
参考資料
- Claude’s Constitution – Anthropic
- Netflix Culture – Seeking Excellence
- Leadership Principles – Amazon
- The GitLab Handbook
- Patagonia Ownership Structure
- ISO 37000:2021 (Governance of organizations)
- G20/OECD Principles of Corporate Governance (2023)
免責事項
この記事の内容は2026年2月時点の情報に基づいています。Anthropic社の憲法内容や各社の事例は更新される可能性があります。個別の組織設計や契約実務については、専門家にご相談ください。




















