ストックオプション政策の「利用促進」と「適正化」：2つの流れを経営判断に変える思考法

巨大なダムが力強く放水している様子。ダムをストックオプションの「守り（適正な税務・ガバナンス）」、放水を「攻め（人材獲得・事業成長）」のエネルギーに例え、守りを固めてこそ攻めの戦略が活きるという記事のテーマを象徴する画像。 — 巨大なダムが力強く放水している様子

【結論】ストックオプション（SO）を巡る国の動きは、守り（適正な税務・ガバナンス）を固めた経営者だけが、攻め（強力な人材獲得ツール）の果実を得られる、という明確なメッセージです。

多くの経営者が「調査の厳格化」に不安を感じる一方、「制度の拡充」というチャンスを見逃しています。この2つは矛盾ではなく、「利用促進」と「適正化」という政策の両輪です。

本記事では、この状況を整理し、あなたが経営者として、守りを確実にこなし、攻めの戦略を最大化するための具体的なアクションを明確にします。

これまで1,000件以上の創業相談を受けてきた税理士の佐治英樹が解説します。

この記事の目次

何が起きているのか？：調査厳格化という「適正化」の流れ

まず、多くの経営者が注目すべき「適正化」の流れから見ていきましょう。これは、制度を正しく運用するための守りの知識です。

会計検査院は、2021年から2022年にかけて発生した約60億円相当のSO利益について、申告や課税が漏れている可能性があると指摘しました。これを受け国税庁は、調査を厳格化する方針を固めています。

この問題の背景には、SOの2つの種類と、それぞれの課税プロセスの違いがあります。

税制適格SO：従業員が権利を行使して株を取得した時点では課税されず、売却した時に利益（譲渡所得）に対して課税されます。納税は従業員自身の確定申告に委ねられています。
税制非適格SO：権利を行使した時点で、時価と行使価格の差額が給与所得として課税されます。この際、会社側に従業員の給与から源泉徴収する義務があります。

今回の指摘は、主に「税制適格SOにおける個人の申告漏れ」と「税制非適格SOにおける会社の源泉徴収漏れ」の2点です。国税庁はこれまでも関連データを保有していましたが、その活用が不十分でした。今後は、この名寄せ（データ照合）を強化し、過去に遡っての調査も進めるとしています。

要するに、「適正化」とは「ルール通りの運用を徹底する」という国からの一貫した方針です。これを理解した上で、次になぜ国が同時に「利用促進」策を講じているのかを見ていきましょう。

なぜ国はSOを推進するのか？：制度拡充という「利用促進」の流れ

次に、国の「利用促進」策、つまり制度拡充の本質です。これは、あなたの会社を成長させるための攻めの知識となります。

調査が厳しくなる一方で、政府は「スタートアップ育成5か年計画」の柱として、SOを使いやすくするための制度改正を積極的に進めています。これは、優秀な人材をスタートアップに呼び込み、国際競争力を高めるという明確な狙いがあるからです。

主な拡充ポイントは以下の通りです。

上限額の拡大：税制優遇が受けられる年間の権利行使額が、最大3,600万円に引き上げられました。
行使期間の延長：事業化に時間がかかる未上場企業向けに、権利行使期間が最長15年に延長されました。
対象者の拡大：外部の専門家など、社外の高度人材にもSOを付与しやすくなりました。

これらの改正は、SOをより魅力的な人材獲得のツールに変えることを目的としています。

「利用促進」とは、「スタートアップの成長のために、このツールを積極的に活用してほしい」という国の期待の表れです。この「利用促進」と「適正化」の構造を理解して初めて、経営判断が可能になります。

経営者が取るべきアクション：制度を自社の武器に変える

「利用促進」と「適正化」の全体像を理解した上で、あなたが経営者として取るべき具体的なアクションは、以下の2つです。

アクション1：守りを固める（適正化への対応）

まず、自社のSO運用が「適正化」の流れの中で問題とならないよう、足元を固めることが不可欠です。

税制非適格SOを導入している場合：源泉徴収の体制が整っているか、税理士など専門家を交えて即座に確認してください。
税制適格SOを導入している場合：従業員に対し、確定申告の必要性を明確に周知し、記録を残しておくことが重要です。

アクション2：攻めに転じる（利用促進の活用）

次に、拡充された「利用促進」策を最大限に活用し、SOを自社の成長戦略に組み込みます。

“制度の時計”と“人の時計”を合わせる：SOは、権利を得てから現金化できるまで時間がかかります。従業員のライフイベント（住宅購入、子の教育費など）と、権利を行使できるタイミングを考慮した、人間的な設計が制度を長持ちさせます。
目的を明確にする：自社がSOを導入する目的は何か（CxO人材の獲得か、エンジニアの定着か）を定義し、その目的に沿って行使条件や配分ルールを客観的に設計することが、後の不公平感を防ぎます。

守りを固め、攻めの戦略を練ることで、SOは単なる報酬制度から、企業の成長を加速させる強力な武器に変わります。

ストックオプション（SO）を巡る国の政策は、「利用促進（制度拡充）」と「適正化（調査厳格化）」の二本立てです。経営者はこの構造を理解し、まず源泉徴収や申告周知といったリスク管理（守り）を徹底すべきです。その上で、拡充された制度を人材獲得の武器（攻め）として活用し、自社の成長戦略に組み込むことが求められます。